北朝鮮の動向を考えるとき、後継者指名をうけたと考えられる金正恩の登場がしばしば注目を集め、その継承を円滑にするためという目的によって北朝鮮のさまざまな動きを説明することが行われている。このたびも金正恩の中国訪問だと言われたものが、ふたをあけてみれば、金正日の本年三度目の中国訪問であった。基本的に今日北朝鮮で進行しているのは金正日の２０１２年事業の推進である。

　本年４月７日に開かれた最高人民会議で、趙明録の死亡で空席になった国防委員会第一副委員長の後任に誰も任命されなかった。昨年９月に党中央委員会政治局常務委員、党中央軍事委員会副委員長に大抜擢した参謀総長李英鎬を任命することもなかったし、後継者として登場し、党中央軍事委員会副委員長になった息子の金正恩を任命することもなかった。さりとて国防委員会副委員長の上席である人民武力部長金永春を昇格させることもしなかった。当面ナンバー・ツウはいらない、自分がやるという態勢である。

現在金正日にとってもっとも重要なことは、２０１２年金日成生誕１００年の年を前にして、この国の最高指導者として、強盛大国の大門をひらくことだと考えられているのである。その内容は知られているが、経済を現代的技術で「改建」（ペレストロイカ）することも、人民生活に決定的な転換をもたらすことも、やはりアメリカ、日本との関係を正常化することなしには不可能だと考えられているのではないかと思う。

　しかし、アメリカはほとんどやる気があるのかないのか、わからない。オバマは任期後半のブッシュよりやる気がない。クリントンが２００９年８月に訪朝したとき、彼に会った金正日があんなにもうれしそうな顔をして、写真にとらせたのは象徴的なことである。しかし、現職国務長官の夫である元大統領が訪朝したのに、関係改善は全く進まなかった。元大統領のカーターも２度訪朝したのに、金正日はついに会談しなかった。期待が大きいだけに、裏切られることをおそれているのであろう。
　そこで日本である。日本との国交樹立も金正日が望んだことであった。２００２年の小泉訪朝と日朝平壌宣言は経済の「改建」のために必死の跳躍を試みたものだったのである。しかし、国交正常化が早期になるという期待は裏切られた。２００４年の小泉再訪朝のさいにも、あらためて期待がかけられたが、ふたたび裏切られた。２００８年には福田首相の言葉を信じて、２度合意を結んだが、最後は福田首相が投げ出して、これまたどうにもならなかった。民主党政権の誕生に対しても期待をかけたが、鳩山首相は拉致問題に熱意をみせるだけで、北朝鮮との交渉にまったく動かなかった。菅首相に代わり、昨年８月には韓国併合１００年の総理談話が出た。北朝鮮はその後の展開に期待をかけて、この談話に対して沈黙を守った。しかし、菅首相は何もせず、朝鮮高校に対する高校教育無償化措置の適用にブレーキをかけた。にもかかわらず北朝鮮は菅首相に対する批判を控えた。菅首相は昨年１１月２９日拉致問題対策本部の会合で、拉致被害者１２人が帰国していないのは「慚愧の至り」だとして、「政府一丸となって猛進する」と訓示した。ついには、１２月１０日には、家族会と会って、自衛隊を派遣して拉致被害者を救出することについて言及した。朝鮮中央通信はさすがに「菅直人の『日本人保護』妄言」と批判した（１２月１５日）。しかし、その後は北朝鮮は菅政権に対してまったく沈黙している。しかし、日本に対して強い関心を抱いていることはうかがえる。そのしるしは、北朝鮮の東北大震災報道から読みとれるように思う。

　東北大震災が発生すると、３月１３日から『労働新聞』は異例の報道を開始した。最初から津波の写真入りである。「日本で史上最大規模の地震発生、莫大な被害を招来」との見出しで、「地震で１２日までに５７０人が命を失い、７００余名が行方不明となった」と報じた。３月１５日には、「日本で地震と津波による被害拡大、原子炉爆発事故発生」という見出しで、ＮＨＫによれば、死亡者数は１６００人、行方不明者は１万余名、３８万名以上が避難していると報じた。「地震で１２日と１３日に福島原子力発電所の１号原子炉で二度の爆発がおこり、大量の放射能が流出した。」と、はるかに詳細に報じている。火災の写真がふたたび載せられた。さらに１６日になると、「日本で大地震被害拡大、原子炉連続爆発で非常事態」として、記事は新聞の下段全体に拡大し、４枚の写真が掲載されている。そして、この記事は次のように結ばれていた。

　「日本政府は１０万名以上の救助隊を派遣し、災難救助に総力をあげている。国際社会も日本で発生したこのたびの自然災害について深甚なる憂慮と同情を表しており、その救助事業に協力していこうとしている。最近国連事務総長は緊急記者会見をひらき、日本の地震被害と関連して国連が可能なすべての支援を提供するつもりだと述べた。現在、中国、ロシア、マレイシアをはじめとする４０余ヵ国の約７０の緊急救助団が派遣されるか、派遣待機状態にあり、さまざまな国が人道主義的救助物資を送っている。すぐる１１日、欧州同盟理事会常任議長、欧州委員会委員長をはじめとする欧州同盟の高位官吏たちは日本の地震被害者に慰問のこころを表し、欧州同盟が日本の救助努力を助ける用意があることを表明した。国際民間団体と国際救助団体も日本政府の支援要請を待っているという。すぐる１４日わが国の赤十字会中央委員会委員長は日本赤十字社社長に慰問電文をおくり、地震及び津波被害をうけた数多くの被害者に深い同情と慰問を表し、日本赤十字社の積極的努力により被害者の生活が一日も早く安定するように望むと強調した。いま差し迫っていることは地震、津波被害に直面した人々を救助し、災害防止対策を立てることである。」

　私はこの新聞をながく購読してきたが、このような心を開いた同情の言葉をうけとったことはいままでになかった。

　北朝鮮赤十字の義捐金は朝鮮総連を通じて３月２５日に伝達された。１０万ドル（日本円８１０万円）である。さらに対日朝鮮人に約４０００万円の見舞金が送られたことが報道された。日本ではこのことはテレビでは報道されたが、新聞はほとんど報道しなかった。

　『労働新聞』はさらに３月１８日の記事「日本で原子炉連続爆発で大規模放射能流出の危険増大、強い余震継続発生」では、「破局的地震」とよび、津波は「１０００年に一度起こる大規模津波」であるという研究者グループの結論を紹介した。死者数は５１７８人。この日は放射能の値が発電所構内で一時間あたり４０万マイクロシーベルトを記録し、これは「制限数値の８００倍」だと書いている。２０日には「日本の原子力発電所事故による危機継続拡大、地震と津波による死亡者数７２００人となる」という記事がのり、原発建屋の破壊を示す３枚の写真ものった。北朝鮮において、原子力発電所の事故が深刻であり、放射能の放出が恐ろしいという記事ははじめて載ったのではないかと思われる。

　３月末になると記事はへったが、４月２日には、「日本の放射能放出被害拡大、憂慮される余震事態」という記事で、死亡者１万１２５０人、行方不明者１万６３４０人と報じている。４月５日には「日本の放射性物質太平洋に流出、放射能危機長期化される展望」という記事が出た。

　その日、日本政府は北朝鮮制裁継続を発表した。枝野官房長官は談話を出し、北朝鮮は拉致問題の再調査をおこなうという２００８年８月の合意を実施していない、核ミサイルの開発をつづけている、延坪島事件など挑発行為を繰り返しているなどの点を考慮し、制裁を一年間延長することを決定したと述べた。貿易はすべて禁止、船舶の往来もすべて禁止である。そして、東北大震災への朝鮮赤十字からの義捐金に対する一言の礼の言葉もなかった。なお外務省は、そのホームページに外国政府からの震災支援・寄付の一覧表をのせているが、北朝鮮赤十字は民間団体であるとして、その一覧表に加えていない。このことは『東京新聞』が４月２４日に記事にして、「北朝鮮からの支援無視？」と言う見出しをつけて報じた。

日本政府の制裁継続の発表に対して、朝鮮中央通信は４月８日「笑止千万な行為」という論評を発表した。ウラン濃縮について言及したことに反撥して、これは「平和的な核活動」だと言い切っている。そして、「原子力発電所に対する安全管理を十分に行わず国際社会の憂慮を増大させている」日本政府が、「福島原発で相次ぐ爆発と膨大な量の放射能漏出によって、人類に核の災難を招いた責任」、「事前の通報もなしに、膨大な量の放射性汚染水を意図的に海にむやみと放流して周辺国の人民の生命の安全に現実的に危険をつくっている」責任をとらなければいけないと批判した。そして、次のように結んだ。

「日本政府は、現在のような混乱時に対朝鮮制裁劇などを演じて、時間を送るのではなく、被災地の人民の生活を安定させ、放射能被害を防ぐための対策から講じるべきである。」

これは驚くほど冷静な反応であり、日本政府に対する静かな説得であったと言える。私は恥ずかしかった。しかも、この論評は『労働新聞』にはのせられなかった。
８日の新聞には「放射性物質による環境汚染とその被害を防ぐための対策」という記事が載せられ、チェルノブイリ事故から２５年たってもつづいている環境汚染と各種の疾病の増加を知らせ、放射能汚染を防ぐ生活上の注意を国民に知らせている。

　北朝鮮は日本にも期待を裏切られ続けている。２０１２年はもう目前に近づいている。フラストレーションが昂ずるところによいことはなにもないだろう。拉致問題を抱えている日本は解決へ前進するには、交渉しなければならない。日本がそうすることに反対できる国はないだろう。韓国政府は前原外相に南北改善が先だと言ったようだが、日朝が交渉すれば、韓国のためにもなることは明らかである。