本年は韓国併合１００年の年であると同時に、朝鮮戦争６０年の年である。私は６月２３日に延世大学で開かれた朝鮮戦争６０周年記念シンポジウムに参加して帰国したばかりである。９０年代末からその仕事を尊敬してきた延世大学の朴明林氏に招かれて、１９８０年代前半からの古い友人であるシカゴ大学のブルース・カミングスとともに発表することができたのは、有意義な機会であった。私は、２００２年に刊行した著書『朝鮮戦争全史』に述べたところを要約して、朝鮮戦争と日本の関わりについて報告した。
日本では、１９６０年６月２９日に、日米安保条約改訂が批准されて以来５０年ということで、多少の記念の動きがあった。とくに６月１５日には、５０年前に東京大学の女子学生樺美智子が国会の構内に突入したデモ隊の一員として、警官隊との衝突の中で死んだことが想起された。東京大学の講堂でアメリカの女性監督がつくった映画と講演の会が開かれた。しかし、日米安保条約ということで言えば、１９５１年９月８日に最初に調印されたことの方が重要である。それは朝鮮戦争のさなかの出来事であった。日本の戦後の国のかたちを決めたのが、１９４５年８月１５日の敗戦であることはいうまでもないが、それとともに、朝鮮戦争も決定的な影響をもったのである。つまり、日本の戦後の国のかたちは、日清戦争から８月１５日の敗戦にいたる５０年にわたる日本の戦争の終わり、プラス朝鮮戦争から生まれているのである。今日、沖縄の基地問題をめぐって、日本の戦後の国のかたちを根本的に問い直すことが迫られている。だから二つの戦後の産物である現在までつづく日本国家のかたちを考えてみることは有意義であると思う。
　戦後の日本の国のかたちを規定しているのは、戦後日本平和主義であると言っていい。まずその原点は日本国民の戦争経験にある。その中には、兵士の戦争体験、死んだ兵士の遺族の体験、外地での戦争体験、沖縄県民の戦争体験が含められるが、中核はなんといっても本土国民の空襲体験であろう。米軍の空襲にさらされ、家を焼かれ、肉親を失い、自らも負傷した人々は、米軍の空襲から守ってくれない日本軍に強い不信を抱いた。そして、天皇の放送によって戦争と空襲が終わったことに安堵した。そこから生まれた平和主義は親天皇的であるとともに、反軍的な性格をおびていた。
天皇の放送で告げられた終戦の詔書には「万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」という意味不明の言葉が含まれていた。これは迫水内閣書記官長の原案では、「永遠ノ平和ヲ確保セムコトヲ期ス」となっていたところを漢学者安岡正篤が宋末の学者の言葉に置き換えた部分である。天皇は平和を願っているということを強調しようという意図がこめられている。
つづいてミズーリ艦上での降伏文書調印の２日後、１９４５年９月４日召集された敗戦後最初の帝国議会開会にさいして天皇は勅語を発した。その中に「平和国家ヲ確立・・・セムコトヲ冀ヒ（ねがい）日夜軫念措カズ」という言葉が含められた。新聞各紙は翌日の新聞で、このことを大書し、天皇が「一億蒼生がよつてもつて邁進すべき帝国最高の大道を宣示し給うたのである」とのべた（大阪毎日新聞）。「平和国家」という戦後日本のスローガンは天皇のこの勅語にはじまるのである。多くの国民はそれを受け入れた。
　したがって、新憲法の第１条、象徴天皇制と第９条、戦争放棄、戦力不保持は、この国民の平和主義の性格にほぼ完全に合致し、それに支えられていた。第１条と第９条が重なるところに押し出されたのは、天皇の非軍事化である。天皇は軍服を着ることをやめ、皇族の男子はすべて軍人たることをやめた。９条の解釈として、憲法制定時の１９４６年に押し出されたのは、自衛権をももたないとする解釈であった。
だが、１９４６年で日本の戦後がきまったのではない。１９５０年、朝鮮戦争が旧日本帝国領土内の朝鮮半島で勃発した。日本の身代わりになって、分割占領され、分断国家への道を進まされた二つの国家が武力統一をめざして戦争をはじめたのであった。日本はなお連合国の占領下にあり、連合国軍最高司令官マッカーサーの命令で、朝鮮に出動して戦う米軍を全面的に支援することをよぎなくされた。米軍政下の沖縄は全面的に米軍の基地とされるにいたった。日本の基地も同じである。嘉手納と横田から１００機のＢ２９が毎日出撃して北朝鮮を爆撃した。しかし、吉田茂首相は、公式的には、国連軍を「精神的に支持」するが、「積極的な協力」はできないという姿勢をつらぬいた。マッカーサーの命令で警察予備隊５万５千の創出にも従ったが、あくまで、強いられた措置であるという扱いで、国会の審議にもかけなかった。
　吉田は憲法を改正する考えをもたず、その姿勢を中国軍参戦、米韓軍の大退却の危機の中でも変えなかった。元首相の民主党総裁芦田均（あしだ・ひとし）は一九五〇年一二月に意見書を作成した。彼は第三次世界大戦の危機だと訴え、憲法を改正して、再軍備し、国連軍に積極協力する、つまり朝鮮戦争参戦を提案したのである。彼は吉田と会い、自民、社会、民主党が一大国民運動を起こすこと、そのイニシァティヴを首相がとるべきだと迫った。しかし、吉田はそれを退けた。彼は、中共軍が最終的に勝利するとは考えられないと述べ、危機をあおってはならず、「憲法の精神を守るという考え」に立ち、再軍備を語ってはならないと記者たちに語った。中共軍の進撃が止まるはずだというのは、事実その通りになったのだが、吉田が述べた時点では、根拠の薄弱な希望的観測にすぎなかった。それでも吉田は芦田の主張を退けた。のちにサンフランシスコ講和会議の直前に日本に来た米国の特使アリスンに向かって、吉田は、米国の著名な人が日本再軍備を提案した、それにつれて日本の旧軍人が再軍備のために動いた、政治家でも芦田元首相の提案があった、「しかし、民衆はついていかなかった。民衆は案外賢明である」と語った。吉田は戦後平和主義の国民的基盤を重視していたのである。吉田のそのような立場は、社会党の立場や平和問題談話会の声明によって、実質的に支えられていたということができる。
　にもかかわらず、朝鮮戦争の経験によって、再編成が生じた。１９５１年にソ連中国をのぞく連合国とサンフランシスコ講和条約が結ばれたが、それとともに日米安保条約が調印された。朝鮮戦争を戦っている米国は日本にある朝鮮戦争の基地を維持することを必要とした。それとともに、沖縄の軍事占領を維持し、沖縄を全面的な米国の軍事基地にすることを推進した。沖縄は米国の信託統治下におかれ、日本から切り離された。日本は米ソ冷戦下でアメリカの同盟国となり、米国により安全が保障されることとなった。再軍備を退けた吉田であったが、米国の圧力は強く、１９５２年には警察予備隊を保安隊に改組し、海上警備隊を設置することに踏み切った。そして、朝鮮戦争停戦後の１９５４年には、保安隊と海上警備隊を統合して、陸上、海上、航空の三部分からなる自衛隊をつくりだした。そのために憲法の新しい解釈を打ち出した。自衛権をみとめ、戦力にいたらない範囲内の規模装備は合憲であり、海外派兵せず、専守防衛とすることが打ち出されたのである。憲法９条のもとの自衛隊は「戦力なき軍隊」と評されたことがあったが、本来からすれば、、軍隊化していない軍事力というべきであろう。憲法９条と自衛隊と日米安保条約――この微妙な三位一体が戦後日本のくにのかたちとなった。沖縄は完全にその外におかれた。
　１９５５年、民主党総裁鳩山一郎首相（前首相鳩山由起夫氏の祖父）は、憲法改正による自衛軍の創出をめざして総選挙に打ってでたが、共産党の立候補辞退、社会党、労農党のがんばりで、護憲派が議席の三分の一を確保して、憲法改正の動きを阻止した。これによって、憲法九条のもとに自衛隊があるという戦後日本のくにのかたちは国民の意思として歴史的に承認されたとみることができる。
　朝鮮半島で戦争が起こっても、日本は憲法九条を守って、軍隊を再建し、朝鮮半島での戦争に参加することを拒絶した。その日本政府と国民の心情は戦争と軍隊に対する嫌悪に基礎をもつ戦後平和主義から発しているが、韓国民の苦難と苦痛に対する同情心という点でははなはだ欠けるところがあったことは否めない。旧植民地の人々の苦しみに対する責任の意識がそもそもなかったのである。戦争に対する協力は、すべて占領軍最高司令官の命令に服従するというかたちでなされた。自分の意志で戦争に協力していない。そういうかたちで、憲法九条のたてまえを守ることになったのである。
　日本が戦争をやめたあと、東アジアでは共産主義者と反共産主義者の間の戦争が三〇年間つづいた。日本は朝鮮戦争に対する関わり方を通じて、この三〇年戦争に対する姿勢をきめた。この三〇年間日本人は戦争で兵士として誰一人殺すことはなかったし、兵士として誰一人殺されることはなかった。ベトナム戦争というアメリカのもっとも犯罪的な戦争に日本の自衛隊は関わることがなかったが、同盟国として、アメリカにその戦争をやめさせるために日本国家は何一つ貢献しなかった。東アジアが三〇年間戦争をしているあいだ、戦争をしない日本はその戦争から経済的利益をひきだしつづけていた。戦後日本のくにのかたちは利己的で、他人のくるしみに無関心なものであったと言えるだろう。しかし、戦争をするよりは、戦争をしなかったことの方が無条件でよかったのである。
いま戦後日本のくにのかたちは変化することが迫られている。自分だけが平和であればいいというのではなく、他の人々がみな平和であるように自分たちも貢献する方向に踏み出すことが必要である。しかし、それは自分たちも戦争するように変わるということではない。沖縄に米軍基地の大部分を押しつけている状態を変えることも必要である。朝鮮半島の平和、台湾海峡の平和のために貢献する道を真剣に考え抜くことが必要である。